妄想を鮮明なイメージに
やりたいことは単なる妄想では、現実化しません。
現実世界に出てくるためには、頭の中ではっきりしたものになっている必要があります。
あなたが思い描いているものが、単なる妄想で終わっていないか。
妄想程度のことで、夢を抱いているとか、ちゃんと考えていると思っていないか。
なぜその目標を達成しなければならないか?
目標達成によって得られるものがなぜ必要なのか?
それを得る必要があると感じたのはどういう時か?
明確な目標や願望を立てるということは、そう思うに至った理由を理解している、考えていることを意味する。 - 生存疾走更新
何故?の質問に答えられるかがきちんと考えているかを示してくれます。
家事をやっていると、身の回りを見ると仕事を発見する
家の中には様々なものがあります。
畳んでいない洗濯物。
整理されていない棚。
洗っていないお弁当箱。
タスクがいたるところにあります。
暇になることはない。
周りを見れば、何をやるべきかすぐに教えてくれるのです。
これは家事に限らないんじゃないだろうか?
職場でも、問題を発見して、仕事を発見することができるんじゃないだろうか?
何をすればいいかわからない問題は解決したか?
今は人生最大のピンチなのかもしれない。何故なら「何をすればいいかわからない」状態だからだ。
— 生存疾走 (@Y_synchro) July 19, 2016
問題ごとよりも、ずっと問題です。
このtweetを読み返してふと思い出しました。
自分が「何をすればいいかわからない」状態に陥っていたことを。
2016年当時は間違いに開く悩み、迷走していた。
2015年は、コンテンツの世界に逃げ込んでいた。本当はこの年にやることが沢山あったのに、当時は何も気づいていない。
労働をやることが自分自身の突破口になると思っていました。
労働それ自体はあまり何にもなりませんでした。
2017年は考えが全然別です。ここでも気づくべきことは沢山あったはず。
気持ちが変わったのは、2018年冒頭です。
決意をし、実行したことで少しずつ変わっていきました。
2月に、ブログ紙に書いていいと、気づきました。
この行動変化によって、ブログ毎日更新を復活させることができました。
この変化は大事でした。
また高額な教材を購入しています。
今も勉強中で、私に変化を起こしています。
他に3月。
何でもいいから商売を始めようとして母に相談しましたが、全く使えないことがわかりました。
その事実に絶望し、私は(紆余曲折あって)一人暮らしを始めるのです。
それが6月。
それからしばらくは変化成長がないまま。
洗濯はスムーズにできるようになりました。
強い感情が発生したのは今年の8月。
お盆休みの時です。
この時に自分の人生を変える事を起こさないと、もう人生が終わると思ったのです。
何をしたかというと、youtubeで成功法則動画を見たことと、『あなたは成功するようにできている』と『思考は現実化する(THINK AND GROW RICH)』を読んだこと。
読んですごいと思いつつも、それで終わってゲームをしてました。
瞑想に入って自分が煩悩だらけだと気付く。
すぐには変わりませんでした。『思考は現実化する(THINK AND GROW RICH)』を読み切るのにも3週間くらいかかりました。
それくらい時間が経過して、また一つ気づいたのです。
この9/11の前日・前々日、私は暴走しました。
時間を大量に無駄にしました。
こんなのはいけない。いけないと思い続けてきたのに、何故また繰り返すのか。
そんな自分に嫌気がさす。
憎しみを感じた。
1週間に30時間以上も無駄にしていたら、成長なんてあるはずありません。
2015年以降もずっとこうだったんです。
変わらないよ。
そりゃ変わらないよ。
時間を無駄にしてたんじ、変わるわけない。
それがわかった今。
考えるは時間を無駄にしない事。
その目標を達成すること。
人生の妨げとなる欲望・欲求を忘れること。
これを考え続ける。
何をすればいいかわからない問題・わからない状態は、すでに終わっています。
1日数分、誰かのことを考える
自分の頭の中に自分一人しかいないってよくないです。
おかしいです。
自分のことしか考えていないから、いざ人と会うときにしどろもどろになるんです。
だったら、普段から1日数分間身の回りの他者に関して考えてみたらいいのではないか。
そう考えて、実行している昨今です。
明確な目標や願望を立てるということは、そう思うに至った理由を理解している、考えていることを意味する。
目標は明確でなければならない。
明確であるというのは、単にお金を稼ぐ、と、言葉が明確であることを意味するわけではありません。
- なぜその目標を達成しなければならないか?
- 目標達成によって得られるものがなぜ必要なのか?
- それを得る必要があると感じたのはどういう時か?
このくらいの問いには答えを出していなければ、明確な目標とは言えません。
お金持ちになる!とか、1000万円稼ぐ!というのも目標ではあります。
しかしその目標の背後に理由はあるでしょうか?
その目標を思わざるを得なかった感情はあるでしょうか?
とりあえずお金が欲しいとか。
将来の安定の為にとか。
理由の部分が曖昧であると、体が追いかける目標にはなりえません。
理解できなくなり、忘れてしまうからです。
今までの私のように。
特段の理由もない大きな目標を立てるのは、後回しにすべきかもしれません。
目標を支える理由を容易に用意できないからです。
そうであれば、逆に、理由のあるものを目標にすればいいのでは?と考えました。
今、支払いが迫っています。
必要なのは数万円。
お金持ちになる!との目標から見ればあまりにも小さいですが、こっちの方が私に合ってる。
だって明確な理由がありますからね。
支払いのために必要。
明確。
今は目標を、叶えやすいもの・イメージしやすいものに設定します。
きっとこの経験が私に何になりたいか、何をやりたいかを教えてくれるはずです。
慣性2018年9月-10月
生活の慣性の法則に関する記事はこれまでに幾度か書いてきました。
今までは行動にばかり注目して来ました。
今は行動に関することを書きます。
ゲームをした時は、その前日(とそれ以前)にゲームをした記憶がある。
youtubeを見た時は、その前日(とそれ以前)にyoutubeを見た記憶がある。
iPadを触り続けた日は、その前日(とそれ以前)iPadを触って時間を潰した記憶がある。
何を考えるか、も、慣性に流されているのです。
今日音楽を聴くと、明日・明後日も脳内でその曲が再生される可能性大です。
動いたものが動いたままであるように。
考えたことも、考えたままの状態であろうとする。
脳の中に存在するものは、存在するままであろうとするものです。
この事実を知ると、私が何故思い通りの生活を送れなかったかがわかります。
脳内の思考が過去のつまらない考え、習慣に支配されて、やるべきことややりたいことが放出されていたからです。
私は自分の行動だけではなく、何を考えているか・何を思いついてしまったかの記録もつけるべきだったのですね。
頭の中は物理的な部屋に似ていると思います。
物(考え)が入って来る。新しい物(考え)が真ん中に置かれて、一つ前のものは隅に置かれる。
ぐちゃっとかき混ぜられると何かが真ん中に来る。
真ん中に来たものが顕在意識下に投影される。
大掃除がなければその物体(思考)がそこに残り続ける。
過去の思考や経験は隅に追いやられたり小さくなったりする。
この頭の中は、支配できるんですよ。
余計なものを追い払って、必要なものを真ん中に集めるのです。
最近ブログを多く書けているのは、この頭のコントロールが進んでいるからです。
このコントロールに到るまでにどのような経緯があったか。
以下の記事をご覧ください。
食べる時刻もコントロールできない
もう私には睡眠時間の固定は無意味なようだ
これまで。
何度も何度も睡眠に悩まされてきました。
入眠したい時刻に眠れない問題です。
結構書いてきましたね。
悩まされ、振り回され続けてきた歴史です。
しかし。
もういい。
もういいんです。
もういいんですよ。決められて時刻に寝なくても。
予定通り寝なくても。
だって寝てくれないんだもん。
言い聞かせようとするだけ無駄な努力なんですよ。
私は毎日規則正しく眠れるような体ではなかった。
起きてしまった時は、働いた方がいい人間なのです。
自分の睡眠がコントロールできないことを受け入れます。
自分の体のリズムに合わせます。
と、言いつつ、未来では全く違ったことを言っているかも知れません。
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ブログ執筆の”スポーツ感”
1時間に何記事もブログを書いていると、スポーツをしているような感覚になってきます。
最初は始めるのが大変でした。
自分の中のやりたくない、他のことがしたい、の感情を押しのけて、自身をPCに向かわせます。
そして1記事書く。
1記事終われば自由です。遊び呆けます。
ある時は2記事書く。
書かなければならない物がまだまだ沢山あるので他にも書いていきます。
なかなか辛い思いをして書くのです。
続けていると、ブログを書いていた慣性で他のブログを書くことが楽になってきます。
書くだけでなく、書き始めることも楽になっていきます。
いつの間にか楽に書いている。
これが何かの感覚に似ている。
ランニングです。
始めたばかりの頃は短い距離を走るにもはあはあぜいぜい言っていたのが、だんだん長い距離を走れるようになっていき、走り続けても大丈夫な体になっていきます。
あれ?疲れないの?と思っているのに体は全然大丈夫なあの感覚。
これに似ている。
続けていると、楽になる感覚を体から教わっています。