生存疾走更新

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常に異物はあるー自分がわかっていない範囲での対応

一つ、仕事で失敗がありました。

物の仕分け作業を行なっていました。

物には様々な属性があります。

どのような素材でできているのか。どういった経路で来ているのか。どのような人の手に渡ってここまで来たのか。など。

 

さて、具体例は書けないので抽象度を上げて書きますよ。

流れて来た物にaという要素があるかないかを判定して、あるものはL工程に、ないものはM工程に送ります。

こういう仕事があるんです。

で、先日私は普段通り仕事を行いました。

後刻、ある品物が送り返されてきました。

何故戻って来たのか、私は仕事をしたぞ。にしても様子が変だ。

 

実は、仕分けしていた物の中にL工程に行くでもM工程に行くでもないものが入っていたのです。

その”異物”を、いつも通りに見て、a要素がないというだけで、M工程に送っていたのです。私は。

 

よくよく考えてみれば、おかしな品物ではありました。

他の物品と見た目が違うし、製品表示をきっちり見ていれば、違う品だと気づけたはずです。

しかし私はそうはしなかった。

ただ機械やリトマス試験紙のように 、a要素を判定していただけだったのです。

それが自分の仕事だと思っていた。

なので、関係者から指摘された時は、一体私の何がいけないのかと思っていましたよ。

 

今思うとこの時の私はおかしい。  ことはよくわかる。

だが実際時間に於いて、私が全く私はおかしくないと感じていたのもわかる。

(コンピュータが怒られてるのってこんな感じなんだろうか)

 

他者から言われてやっと気づくのです。

自分達がただの機械や関数やプログラミングでしかなかったことに。

これではアイヒマンを同じではないか。

アドルフ・アイヒマン - Wikipedia

命令に従って物事を処理するだけ。

映画『ハンナ・アーレント』に強い感銘を受けた人間のやることでしょうか?

www.cetera.co.jp

 

この一件で語りたいこと、語らなければならないことは多いです。

 

1. そもそも私の元に異物が来るのがおかしくないか?

  そうであったとしても何らかの説明がなされないのは問題。

2. 説明すべき上司が仕事の全体像を説明していないことが問題では?

  a要素を見るだけではなくて、仕事の全体像を踏まえていれば、このようなミスは起きなかったのでは?

3. 私自身の気づきの能力に問題がある。

  たとえ話を聞いていなくても、異なる物に反応して、関係者に訊く行動を取っていたら?

4. こういったことは、今後もありうるし、過去にもあった。

  「そんなの聞いてませんよ」といったこともあったはず。その度にちゃんと物事を観察しなければいけないと怒られたんだなぁ。

5. 自働化思考で生まれた悲劇

  目の前にある事物に対して、一面の要素だけを見て判断して処理していく方法。

  この自働化された動きによって、異物も普通のものと見て処理してしまった。

  この自働的動きは良くないのか?

  そんなことはない。

  このルーティンワークのおかげで仕事時間を短縮することができているのです。

  これを捨てるのは違う。

  自分自身に、異物は必ず入ってくる。異物との接触は必ずあるのだとのリプログラミングをすればいいのではなかろうか?

6. 品物そのものへの注意や興味が必要

  自働化判断は、物そのものへの興味を持っていません。

  処理すべき要素を見ているだけです。

  しかし、扱う物一つ一つに関心を持って、次はどこへ行くのか?これはどこから来たのか?どうやって作られているのか?

  を、問う姿勢があったら、今回の問題は起きなかったのかもしれません。

  とはいえ、これはこれで労力を要することですね。

  一つ一つの事柄に想像力を傾けるということを何百とやならけらばいけないのですから。

  けど昔はそんな風に生きていたなぁ〜。

  一つ一つの試験問題に丁寧に対応していつも時間切れになってた。

 

y-synchro.hatenablog.com

 

  5.と6.をうまく組み合わせる必要がある。

7.  仕事の本質を分かっていれば防げた話

  4.と関連していますが、観察眼を鍛えて、この仕事の本質がa要素を見ることではなくて、次の工程で何をするか、前の工程で何をしていたのか、全体の生産の中でどのような位置付けにあるのか、が分かっていれば、あるいは分かろうとしていれば、この件は防げたかもしれません。

 8. 他者から見れば、単なるミス

  私にとって、「聞いてない」話でも、私の事情に関係ない人から見れば、これはただのミス・ただの怠慢です。

  仕事は結果を出すことが大切。

  その結果を出すことができませんでした。

  理由はあれど、正しくない行動をとった・正解を導かない解を出す行動をとったのはただ事実です。

  私に能力があるか、私に知識があるかないかに関わらず、にね。

  こういうことに怒ったり悲しんだりはしない。

  何故なら過去に幾度も経験していますからね。

  試験問題を解くことを繰り返していく内に能力がないと正解にたどり着けない。正しい方法を使わないと得点できないということを知っているからです。

  試験問題そのものが分かっていない。試験を受けていることすら理解していない。

  こんな状態だと正解はまぐれでしか出てこない。

  新たな問いが投げかけられているのに、普段の行動を取るという問答ミスマッチが起こっていたのです。

  「正しい答えを出す」「正しい答えを出すためにどうすればいいか」を考え続けていれば、間違いを防げたかもしれません。

  (でも、終わってから気付くんだよなぁ。)

 

 

誰しも毎日のルーティンはあります。

自分自身のリズム・自分自身の共同体のコミュニケーションの方法があります。

そこに異物が入って来ることはある。

新しい対応をしなければいけないのに、普段通りを当てはめてはいませんか?

自分達のやり方を守るだけで、相手の都合ややり方を考慮しているでしょうか?

y-synchro.hatenablog.com

 

わかっていない範囲のことを上手くこなすのは難しいですし、答えを用意できているわけではないですが、未知の範囲・異物はあるのだとの認識は持っているべきです。