自分がどうすればいいかー「正しい」だけでは役に立たない
正しい理屈・正しい論理は存在します。
それは間違いない。
あなたが目の前にいる相手は、その正しさを実行できる能力があるのでしょうか?
正しいやり方を理解する能力があるのか?
相手が理解できる文脈で話しているか?
正しい論理は存在していても、人によって実行の方法は異なります。
皆それぞれにパラメータが違うからです。
12:00までに目的地に着かなければならないとします。
近い人は徒歩でいいでしょう。
少し遠い人は自転車。
より遠ければ車。
電車や飛行機や新幹線を使わなければならない人もいるでしょう。
ある人が遅刻しました。仮にAさんとします。
Bさんは怒ります。
普通に来れば間に合うはずだろうと。
Aさんには問題がありました。
道がよくわかっておらず、出発時刻も問題がない場合を想定して設定したので、本来出るべき時刻より遅い時刻に出発したことになります。
対して、Bさんは集合地点付近の地理を熟知している人です。
Aさんが出た時刻よりも遅い時刻に出発していながら、きちんと間に合いました。
Aさんの能力とBさんの能力は違います。
同じ「間に合わせる」でもAさんとBさんではやり方が違います。
Bさんは時刻ギリギリでもいいけど、Aさんはそうはいきません。
Bさんが、なんで私と同じようにできないのか、と言っても、あまり意味はありません。
対策はAさん自身が、自らの状況を鑑みて決めていかなければなりません。
他の人と同じやり方をとるわけにはいかない。
最も、他の誰かに良い道を教えてもらっていれば、遅れはなかったかもしれませんが。
(例え話が下手なんですよ。)
正しい理解は存在するとし、「じゃあどうすればいいのか」は各個人が見つけていくしかないのです。
そこを無視して、「私あの時ああ言ったじゃないか!」と言うのは違う気がするのです。
いくらあなたの言うことが正しくても、当人はあなたと同じやり方でできるわけではないのですから。