生存疾走更新

生存を目標に 仕事に進行中。1日1回以上更新、1日1冊以上読書!.....は現在休息中。

ルーティン=やることがわかっている

最近私の行動がルーティンになっていきています。

何気に人生初の事です。

学生の時どうだったんだと言われると、行動そのものはルーティンだったかもしれませんが、頭の中はルーティンではありませんでした。

あ、ってことは思考がルーティンになってきたって話ですね。

 

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体の調子が悪くなったのがきっかけで、ストレッチは毎日やるようにしています。

 

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会計・ブログ・片付けなども時間を作って行っております。

これらの事が自然に考えられるようになってきました。

それまではどうでもいい暇つぶしに時間を使ってしまってあぁもう寝る時間だとなっていたのに。

(今も無駄時間はありますけど)

 

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 やることがわかっているのは、考える量が減って頭が楽になります。

思考スピードと行動スピード

 

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頭の中で考えることはすぐに済むのに、実行はなかなか時間がかかります。

頭の中では終わっているはずなのに、現実は何も動いておらず、なんで終わってないんだろう。と思うことはないでしょうか。

私は思ってばかりです。

そりゃそうです。

考えることは数十秒で終わるのに、行動にはそれなりの時間がかかるからです。

手帳に予定を書き込むのは数秒ですが、その内容をこなすには時間がかかります。

”思考”のスピードで現実も進むと思っていると、現実の動かなさにイライラしてしまいます。

より抽象的に考えられる脳内が速く進むのは当たり前です。

 

さて、どうするか。

やることは、現実に合わせて考える量を減らすことと、現実の行動スピードをあげることです。

頭の中で考えていることが理想なら、実際の行動は現実。

すなわち理想と現実のすり合わせをするのです。

上記の過去ブログに書いたように、2手3手先の事を考えても頭は疲れるばかりです。

多くても1手先までにして、今取り掛かっている事に集中する方がかえって用事は速く終わり、「あれ、時間余ったな」状態にもっていくことができます。

そしてこれが行動スピードを上げる事に繋がります。

これを繰り返していくと、2、3の事を同時に考えるよりも、1つ1つこなしていく事が、行動のスピードアップにも、思考の節約にもなる事がわかってきます。

頭の中だといくらでも物事が進みますから、そちら側の世界にずっと居たいなというのはよくわかります。

しかし成果を出すのは現実世界です。

現実を動かさないとどうにもならない。

今現在の自分の現実世界でのスピードを受け入れて、すり合わせをしていく事が、楽に生きていく手助けにならないでしょうか。

時間の使い方と頭の使い方

 

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 昨日に引き続いて駄文を書いていきます。

複数のことを考えることはできます。

しかし複数のことを同時にやることはできません。

できて2つが限度でしょう。

時間を効率的に使うため、余らせないために頭を使います。

やるべきことを書き出して時間時間に当てはめてその内容をこなすことに頭を使います。

で、実行するときはやること一つだけを考えます。

ああ、あれもしなければいけない。これもしなければいけない、と考えて、考えるだけで結局ゲームするなんてことやってる場合じゃないんですよ。

 

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 効率よく実行するためにちゃんと考えなきゃ、って思いますけど。

一つ一つ片付けていくのが一番の整理なのですよ

項目が3から2になるだけで思考作業も短縮されます。

 

実行する時は考え事が少ない方がいい。

2つ3つ先のことを考え始めてしまうと、考えることにエネルギーと時間が割かれてしまいます

考えても1手先までで止めておきましょう。

 

 

映画を見に行くことに集中した為に、配達時刻を指定しておきながら荷物の受け取りができなかったってことはあったけど、もうそれはいい。

だって目の前のことが大事なのだから。

 

さて、ブログ書いたら次に向かいます。

 

 

 

 

やはりブログも毎日書くべきですね。

頭の中を書き出せるというのは、いい。

 

時間の使い方ー反省

時間の使い方反省します。

日々の記録をつけて見ていると、無駄な時間の存在がすぐにわかります。

だいたい帰ってきてから、

すぐに風呂に入らない場合、2時間近くだらだら過ごします。

風呂後さらに1時間動画見たりしています。

早くストレッチしろよと。

 

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 (この記事を書いてからはずっとやっていますよ。やはり言語化は大事ですね)

 

ではスケジュールを決めてやりゃいいのかと考えてやるのですが、そうはいきません

1日の始めに、予定を立てますよね。

さて、風呂入る時間になった時に、

(あれ、なんかお腹減ったな)

(そういや調べるものがあった)

(切らしている物資の注文しなきゃ)

なんて思って予定外行動をとります

そう、予定外の行動をとる。

 

昔はこのことに苛立っていました。

自分のことなのにね。

まあよくはないんですが。

 

気分が変わることは仕方ない。

予定は予定だし。

 

問題は集中と、何点先まで考えるかです

(議題数を先に言うと、思考の整理がしやすい。

両者は密接に繋がっているんだけど。)

作業を始めたらその作業のことだけを考えて集中するんです。

他の作業や、あれやっていないこれやっていないを考えてしまうと、かえって達成時刻が遅れます

気にはなるけれど、時間管理・時間調整しないと間に合わないんじゃないのと考えてしまうけれどもやりきってしまったほうが終了形に早い時刻に到着します。

(仕事の場合はまた別になります。その話はまたいつか。)

やり始めてしまうと、終わるまでその行動をとり続けるものです。

だから必要時間以上の時間を使うことはない。

しかし余計な考えや余計な行動が入ることで作業はストップします。

私の場合、風呂に入っている時は出終わるまで体洗う作業に集中しているのに、いざ出て体を拭く。服を着るまでの間にiPadを触ってしまうと、1時間近く、iPadを触りっぱなしになったりします。

おそらく”iPadの調べ物”作業が終わるまでは次の行動に移れないのでしょう。

余計なこと考えなきゃいいのに。

 

先の作業を考えすぎるのも時間の無駄を生みます。

1日の最初や仕事終了時にあれこれ考えるのはいいです。

だが実作業する時には考えることが邪魔になる。

予定の変更が発生する場合はあるけれども。

その作業している時はその作業に集中すべき。

理由は上述ですね。

で、考えても一つ先くらいのことを考えるに止めておく方がいいです。

それどころか何も考えていないくらいがいい。

既に”考える”という作業はしていますからね。

 

 

乱文になってしまった。

でも書いている間は気持ちいいですよ。

 

文章をまとめる力を手に入れるにはとにかく書いていくしかないので、ただひたすら書いていきます。

 

集中力が最高

物事をやり始めて、作業に没頭している時ってとても幸せな時ですよね。

普段の生活で何をしようか悩んだり、とりあえずゲームしてしまったりすることはあります。

頭が鈍っている感じにはなるんです。

本当にやるべきことやってないって感じがあるからですかね。

 

遊びよりも、自分で決めたストレッチや会計や掃除、ブログをやっている方が断然気持ちいいのです。

人の扱いが下手だと、扱われる側は苦労する

年をとってきて、多くの人に会うようになると、人間観察眼の力が少しずつ上がってきます。

人の扱いが下手な人はいます。それなりの年齢でも。

人を動かすどころか自分を動かすのも下手だったりします。

そのための訓練や経験を積んでないんだろうなと思います。

扱われる側は慣れるまでは大変です。

言われたことの指示に言葉通り従うわけにいかない。

こちらから指示?(いや、提案か)を出さなきゃいけなくなります。

あなたの方が詳しいですよね?っていう疑問を押し殺してね。

 

言われたことをただ受け入れない、はね返す力が必要なのです。

 

 

 

 

またしばらくブログが飛んでしまいました。

疲れたことが多々あったので。

書いていないと本当に頭がまとまりませんね。

この1ヶ月辛かった。

内容はめちゃくちゃですけど、続けていきます。

[コミュニケーション]相手が黙っているからって、こちらが会話の主導権を握っているわけじゃない

いろいろな人がいます。

よく喋るひと、そうでない人。

よく喋るではない人と一緒になる機会がありました。

向こうから話しかけてこないなら、こちらから話題を振ろうかなと思って話を始めるのですが、どうにもうまくいきません。

 

試しに相手に関係のある話をするとそこそこ話が弾みます。

 

自分の聞きたいことを聞くでも話したいことを話すでもなく、相手に関係のある話、相手との関係性のある話をすべきなんですね。

ストレッチをサボっていて、自分の体が悪くなってくやしいと言う馬鹿

知らない間にまた体悪くなってました。

背中の張りがひどい。

これまで右だけだったのに左も辛くなっています。

なんでこんなことになったかな。

と思って手帳を見返してみると、

 

この1週間ほど全然ストレッチしていません。

 

疲れを全然取らずに溜めています。

 

毎日毎日忙しいと言ってサボっているうちに1週間以上経ってるじゃねぇか。

時間速いよ。

そして私の思考と行動は遅い。

 

反省。

服装

久々に(仕事以外で)外を出歩く機会があると、着ている服が全然似合っていないなあと感じるのです。

去年の服は着れない感じ。

年齢に合っていない服を着ている感じ。

とにかく…自分らしくないと思っている。

また何か買いに行くべきなんでしょう。

何買えばいいのか。

健康を求めるとキリがない

 

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さてさて、最近体調不良が続いております。

現在急に始まったのではなく、十年以上積み重ねたものが襲ってきています。

この体なんとかしたい。

何とかしたいのですが、治すために無限に時間をかけるわけにもいきません。

体を治そうとすれば、キリがないのです。

眼精疲労は治したい。

視力も回復させたい。

体は柔らかくしたい。

循環器系もすっきりさせたい。

肉体も絞りたい。

......などなど。

 

でもそれ、何のためでしょうね?

 

健康そのものが目的なのではなく、日常においてパフォーマンスを発揮するためなんじゃないでしょうか。

 

今までも体が良かったわけではないですが、楽しく過ごしていました。

(いや、嘘かも)

食事をし、仕事をし、遊び、旅に出る、映画を見る、仲間と話す。

これらは出来たことです。

 

そう、万全に健康でなくても、人生は楽しめる。

健康でなけりゃいけない、ってことはないのです。

勿論健康であることに越したことはありません。

良い方が良い。

しかし健康に気をとらわれ過ぎて楽しむべきことに注力できないのはもったいないのではなかろうか。

目的は人によって違うと思いますが、健康は日々を良いパフォーマンスで過ごすために必要なもので、健康そのものを求めているわけではない。

仕事で成果を出す、生活を普通に送れる、程度の体が得られれば、余計な治療をする必要はないかもしれません。

 

と、今思っているわけですが、未来で意見が変わっているかもしれませんね。